ジャイロ!のあらすじ
ガソリンに浸したテニスボールに火をつけてキャッチボールをしていた小学生の僕「万場カツスケ(且介)」は、友人の家を燃やしてしまう。火のついたテニスボールを取りに友人の家に入るがすでに火はまわっており、僕は洗濯機の中に逃げ込み救出される。一緒に炎のキャッチボールをしていた友人の家は燃え、家の焼け跡にパチンコ屋「ニュージャパン」ができる。
中学になった僕は炎のキャッチボールをしていた友人「赤星猟平」とサッカー部に入れられ、サッカー部の顧問であり、体育教官であり、生活指導教官である沢口からしばしば厳しい体罰を受ける。サッカー部の合宿中、火事の件で猟平と言い争いになり、沢口から「釣り針」という体罰を受ける。沢口が生徒の口の中に指を入れて引っ張る体罰だ。猟平は釣り針を受けた後、口から白い異物を出す。沢口の指だった。
僕は中学卒業後、ニュージャパンの景品交換所で働くようになる。パチンコ屋の駐車場では多くの人が死ぬ。炎天下に放置された車の中に残された幼児が親の帰りを待ちつつ脱水症状を起こして死ぬ。危ない子供をみつけた僕は店内放送で親を探す時間的猶予もないと判断し、車のガラスを割って子供を救出するが、パチンコ屋の店内に愛人と居たその子の母親から激怒され賠償金を払わされる。その母親は「わたしの別れた旦那みたいに、あいつみたいに、指、食べられちゃうから」と言ったのを僕は聞く。
景品交換所で僕と同じく用心棒として働くニギは非合法の自転車レースを企画する。以前、入江で開催され、多くの死傷者を出したため打ち切りになったレースだ。ニギはその入江で非合法自転車レースの主催者をしており、自転車の事故映像を「ジャイロ!」というTV番組に売った。レースの危険性を売りにするため、ゴール直前で転んで怪我をする役を僕は以前の恩師沢口に依頼する。沢口は快諾し、レースに出るがゴール直前転倒し死んでしまう。レースを撮ったVTRをみるとそこには転倒する沢口と共に沢口が憎んだ猟平の姿も映っている。
レースがバレて、ニキは首になる。僕の助け出した沢口の子供、聡(さとし)は事故の件で僕を憎むようになる。ニキはもう一度レースを企画し、レースの混乱に乗じて、景品交換所に金を持ってくる巡回車をおそう計画を持ってくる。僕も景品交換所を首になり、聡は母親と上手く行かずに家出をする。家出先として僕は聡に景品交換所での住み込みバイトを勧め、聡は僕から吹いかけのタバコを奪って口にくわえると言われるままニュージャパンへ行く。ニュージャパンの景品交換所には僕があらかじめガソリンを撒いており、聡の捨てた煙草で引火景品交換所は燃え上がり、僕は聡に走って逃げる事を勧める。僕が燃え上がる景品交換所を眺めながら小説は終わる。
ジャイロ!の売り
ジャイロ!は、火事の場面から始まり、火事の場面で終わるが、その「首尾一貫」性がよかった。(川村湊)
早川氏の、候補ゲラが文庫本に見えるような既視感的レベル高さに(昨年の候補作も文章は良かった)驚きつつ、またそれ故に破綻だらけだが怖い可能性がある(かも、な)寺村氏の当選を必要と感じてしまった。(笙野頼子)
この作者に小説を巧く書く能力があることはよくわかった。この次は、それを壊す事を試みてほしい。(高橋源一郎)
と完成度の高さを押す声と、多少の冒険を求める声がジャイロ!には多かった。
また、ジャイロ!の文体に関して、
こういう文体で書かれたものは圧倒的な力量があるのでないと無意味である。(加藤典洋)
九〇年代以降、イデオロギーや大文字的なものから離れた表象表現が顕著になったのは周知である。(略)私的「世界」の粒子一つ一つを捉えていく病的な欲望に駆られたリテラシーは、ネットならずとも小説でも見られる。いわば、ビット数の細かい描写、換言すれば、ベタ書き、だ。(中略)そこにたとえばわずかにでも非政治性というポリティクスなり文脈なりが介在しないと、俗にいう「リアル」さが脱落して、解釈の仕様がなくなるのだ。(ジャイロ!の描写に関して)現在の悪童日記とでもいうか、世界へのルサンチマンが横たわっていて、ベタな描写が呪詛によって繋ぎ止められている。(藤沢周)
「若年性ベタリアル」というタイトルで藤沢氏に選評で描写論を書かせるほどの何かをジャイロ!は持っている。細部をやたら細かく描写していく書き方は力量がなければ出来ないわけで、著者の技術力・完成度の高さを示している。ただその描写によって何を伝えたいかが次に問われ、世界に対する逆恨みや悪意のようなものを藤沢氏は感じ取ったわけだ。
ストーリー的に面白いところを拾い上げると、
小説の冒頭、「何も残すな」というセリフから始まるのだが、これは中学になった自分がサッカー部の合宿で体育教官の沢口に早く大量に食べ物を摂取するよう強制される場面でもあり、小学生時代の火事のシーンで婦人が叫ぶセリフにもつながって行く。
火事のシーンで「なにも残さないで下さい。すべて燃やして欲しいのです、半焼きでは不都合で、そうしないと、」と消防隊を説得し、半焼では火災保険が降りないことを訴える婦人。婦人に言われて仕方なく火のないところへ水をまく消防士。婦人は気づいてないが燃える家屋の洗濯機の中にいた出火原因の僕。
異なる時代、異なる場面での同じセリフが両者をつなぐ。時代も状況も違うが、どちらのセリフも主人公に対する悪意が感じられる。
―――
癌を克服しツール・ド・フランスという自転車レースを制したアメリカ人の闘病記を読んで、そのアメリカ人がやったという危険なキャッチボールのマネを主人公達は始める。
火のついたテニスボールを猟平の母親にみつからないように取りに行くため、主人公は一度猟平の母に見送られて家を出た後、テニスボールを取りに猟平の家に侵入すべく、家の塀を回る。高い塀の隙間を探しているときに、家に隣接する建設会社の資材置き場や砂利山で作られたモトクロスの練習コースに気をひかれる。いっそのこと猟平の家が燃えてしまえば、モトクロスの練習場が広がって楽しいのにと主人公は思う。
そして、最後に主人公は自転車レースの主催者になる。このように、一見個々の出来事が拡散し一貫性がないように見えながら、自転車レース・火事といったキーワードで個々の物語をつないでいるのが、川村湊氏の評価した首尾一貫性だと思う。
受賞作「ジャイロ!」(約237枚)受賞者早川大介(はやかわ だいすけ)1977年12月愛知県生まれ。受賞時アルバイト24歳。群像2002年6月号収録