インストールのあらすじ

 毎日みんなと同じ普通の生活を繰り返していることに不満を持った主人公が親に内緒で登校拒否をする。担任から親への連絡が行かないように裏工作もバッチリ行う。

 部屋にあった壊れたパソコンを粗大ごみに捨てに行くと、小学生の男の子がそのパソコンを欲しがる。小学生はそのパソコンのOSを再インストールしネットにつなぐ。小学生と主人公はネットでアダルトサイトのチャット嬢の仕事を始める。一ヶ月ほど様々な体験をするがやがて双方の親にこのことがバレ、二人とも元の生活に戻る。二人の手元には一ヶ月間のバイト料三十万円が手に入る。主人公はごく普通のランドセルを背負った小学生と自分だけで月に一人十五万も稼げたことに驚き、元の普通の生活に戻ろうとする。物語の始め主人公が嫌悪していた普通が、物語の終わりには、普通の小学生や普通の女子高生でもこのような冒険を出来る。というスリリングな普通を手に入れて終わる。

インストールの売り

十七歳の女の子、現役女子高生が書いた。インターネットのアダルトサイトのチャットというタイムリーな題材を扱った。という表面的な部分はありつつ、過去に書かれた小説と自作との内容的重複を避けようとしたときに、最近出てきた科学技術を題材にする。という手法をよく使われるのだが、それに対する選考委員の目は厳しい。選考委員の保坂氏は

「インストールという題名は、まさにその現代風俗を連想させるので私は好きじゃない。題名が全体の隠喩として機能している点も良くない。『押入れから出した脚をぶらつかせながら』(インストールの本文より引用)の雰囲気に通じる題名が良かったのではないかと思う」

 という。インストールという題名が作品全体の隠喩としてどう機能しているのかを考えると、

1壊れたパソコンにOSをインストールしなおすことで、パソコンが直る場面が出てくる。

2小学生に仕事を紹介された主人公が「あんた、私のこともインストールしてくれるつもりなの?」と小学生に言う。ここで言うインストールは「具体的な夢はないけど野望はあるわけ。きっと有名になるんだ。」という目的のない登校拒否児に目的を与える行為を意味する。

3性的な意味でのインサートの隠喩であるインストール。

この3つが考えられる。そして、2と3は密接につながっている。「まだ、お酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何なんだというのだろう。」と言った前半部にある主人公の問題提起が、物語のラスト「何が変わった?何も変わらない、私はいまだ無個性のろくでなし。ただ、今私は人間に会いたいと感じている。昔からの私を知っていて、そしてすぐに行き過ぎてしまわない、生身の人間達に沢山会って、その人達を大切にしたいと思った。」となる。ここで人と会うことが、2と3両方の意味のインストールを意味し、かつ登校拒否をやめる重要なシーンでもある。

何者にもなれない主人と壊れたパソコンが隠喩の関係にある。OSのインストールによってパソコンが直り様々な冒険を経験する。これは2の意味でのインストールを主人公が経験すれば自分もパソコンのように動くのだというメッセージになっている。物語のラストに「何も変わらない、私はいまだ無個性のろくでなし」とあるのに明るいのは、自分探しをしなくてはならないという物語冒頭の問題提起が、2の意味でのインストールをしてくれる他人探しの物語に変化しているからだ。そしてその他人探しのために再び学校へ行く。物語冒頭の問題提起はきれいに解決される。

しかし、このラストシーンを引用して藤沢周氏は「無責任ともいえる明朗さに、小説に対する偏狭なナメ方を、こちらは見て取るのだ。」と言っている。明朗さ、ナメ方。上記のような物語の構造や技法が露骨過ぎるということだろう。器用(藤沢)・安定感がある(保坂)・技がある(多和田)・叡智に裏打ちされた(石川)と評されたテクニックだが技巧的に見えないような使い方のほうが選考委員には好まれるようだ。

二〇〇一年度第三八回文藝賞 応募総数1592編。選考委員 石川忠司 多和田葉子 藤沢周 保坂和志。

受賞作「インストール」綿矢りさ(わたや りさ)一九八四年京都生まれ。受賞時京都市立紫野高校三年、一七歳。

選考委員の言葉

インストール」「自己喪失」「セミノウタ」の三つが最終候補に残った中で、何故インストールが残ったのかよりも、何故残りの二つが落ちたのかが、勉強になる。

「セミノウタ」

小学五年生の視点から書かれているのに「半年ぶりにこの街を見た。十年生きた街には、何の感慨もなく懐かしいとも思わない」という大人みたいな語り口はまずい。(保坂和志)

保坂氏に同調した形で「父が犯罪者となった息子の鬱屈」「年上女性への憧れ」など一般的イメージをたどるに終わってる。(石川忠司)

一人の小学生の病的なまでの気の遣い方とふいに現れる暴力衝動のちぐはぐさがよかった。と一人の人間の中にまったく違った二つの物が同居している点をほめた多和田氏。女性の選考委員には少年物がウケるようだ。

「自己喪失」

恋愛の話。恋愛は本人には切迫した問題だが、他人からはありふれたことだ、という認識が欲しい。だからもっともっと視点を狭めるべきだ。愛する相手が、私だけでなく、他の人からも特別と思われていると根拠づけする必要はまったくない。(保坂)

主人公のリコは気まぐれかつ不安定、そして自己中心的で知り合った誰もがその魅力の虜にならざるを得ない神秘的な女という設定なのだが、しかしどうしても文学部あたりにたまに混じっている普通に厄介な女にしか見えない。(石川)

「主人公のリコへ恋は一人芝居で発展がないところがいい」としながらも、「既成の恋愛小説の語りを引用し、組み合わせて書くというなら、その場合はそれを意識的にやってほしい。」と多和田氏。

「インストール」

現代風俗まみれにならない点を評価した保坂氏。得体の知れない妙な言葉の混合をほめた多和田氏。作品全体に流れる器用さや、「生身の人間達に沢山会って、その人達を大切にしたいと思った」という無責任ともいえる明朗さに、注文をつけた藤沢氏。全体としてはインストールのストーリー展開が他の二作に比べ、意外性に富んでいたという声が多かった。

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